キーしかないレンタカー屋さんの話

18年前の夏のことです。


近所に岩手県生まれの友人が住んでいて、お盆に帰省するという事になりました。
夜通し走って、昼前には到着予定。
加とさんが旅行がてらドライバー要員として誘われました。
で、私も「おまけ」でついていった訳です。

当時のルートは、三郷ジャンクションから東北道を北上し、磐越道を抜けて行く行程で、東北道を走っている時に、三三七拍子が響く場所も通りました。
真夜中でしたが、笑っちゃいましたね。

友人のワゴン車は順調に岩手県に入り、実家のある早池峰山の麓についたのは、お昼にまだ少し間がある時間でした。

初めての岩手。
空気が澄んでいて、空がとにかく青くて美しいところでした。
川の水も清らかで、湿度が低いから強い日差しが照りつけてもそれほど暑さを感じませんでした。

友人が実家に宿泊中、加とさんと私はレンタカーを借りて岩手中をドライブして回る事にしました。

友人に花巻空港近くまで送ってもらい、その近辺でレンタカー屋を探すことに。

某自動車メーカーのレンタリース社や、どこでも見かける大手のレンタカー店は見かけるのですが、

高い!高いよ!Σ( ̄∇ ̄|||

クラ○○が一日で何万円もします。3日借りたいのに10万以上の出費です。とんでもない。
1200か1500くらいの小型車でいいんだけどね・・・いや、軽で十分だよ。

と、思っていると、
花巻駅から少し離れた場所に、手書きで塗られた大きな看板を発見!

「軽専門」

おお!これはレンタカー屋に相違ないぞ!軽自動車のレンタカー屋でござるよ!!

私たちは早足で歩き、個人宅の庭先に作られた小さな事務所のドアを開けました。

誰もいない。
奥の部屋か。

加とさんが「あの、すいませーん」と大きめの声をあげると、背後から声がしました。

「なに?車か?」

振り返ると、
70歳くらいの額が禿げ上がったオジサンが、ランニングシャツに半ズボン、黒ゴム長靴を履き、手に水撒きのシャワーを持って立っていました。
日焼けした顔は仏頂面。私は少しだけ後ずさりしてしまいました(怖)

加とさんが事務所のドアを閉め「あの、車を借りたいのですが」と言うと、オジサンはホースを持ったまま仏頂面で、

「うちゃー、キーしかねえよ。キー専門だからな」と仰る。

(き、キー?)

車のキーしかないの?
本体は?
キーだけ借りて、本体はどうすんの???

私は混乱しました。
加とさんは返答に困り「えっと・・・キーだけというのは・・・」と言いあぐねていました。

するとオジサンは後ろを向き、持っていたホースで「ほれ」と指し示しました。

そこには、ミニカが2台、停まっていました。

あ。\(◎o◎)/

あああああああ。

そういう事か・・・!!

車のキーだと思っていた私たちですが、「キー」とは「軽」が訛ったものだと解りました。

「うちゃ、キー専門だからな!」
ダメ押しの様に、オジサンは言うと、黒長靴をバコバコ言わせながらミニカに近づき、
「空いてんのはコレだ」と、白いミニカをホースで指し示しました。

「あ、はい、それでお願いします!」
即決でしたよ。
料金は一日3000円という格安料金でした。
クラ○○だったら、10数倍以上でしたよww

どこまでも青い空。
ポッカリと浮く白い雲。
澄んだ水の流れと、広大な農地。

私と加とさんは、東北の大地を小さなミニカでトコトコ走り回りました。
丁度その年(平成8年【1996年】)は、花巻が生んだ童話作家・宮沢賢治の生誕百年にあたり、記念イベントが目白押し。
宮沢賢治フェスティバル会場では、作品に登場する鹿踊り(ししおどり)なども見る事が出来ました。
やはりメインは「銀河鉄道の夜」でしょうね。遊園地でよく見かける蒸気機関車を模した乗り物が子供達の人気でした。
「注文の多い料理店」に登場する「山猫軒」は長蛇の列にたまげて断念・・・

また、花巻には高村光太郎の記念館などもありました。住んでいた家が保存されています。

余談ですが、
私は高村智恵子に似ていると言われた事があります。

彼女も絵を描く人で、生涯を調べると少しだけ共通点もあったりして、ちょっと気になる女性でもありました。
最後は統合失調症と結核によって旅立たれましたが、光太郎に会う事で、彼女は愛に満ちた人生を全うしたと思います。

東北方面を旅したのは、この18年前の夏が最初で最後。
今も、あの時と同じように、広大な平原に青い空が続き、白い雲が流れ、清流の音が響いているのでしょうか。

キー専門のレンタカー屋のオジサンは今も息災なのでしょうか。
宮沢賢治が愛した大地を、もう一度眺めたいなあと思う、今日この頃です。

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